一昨年の夏頃、テレビで軍歴を調べることができる事を知りましたが、その時は本当に分るものなのだろうか?
遺骨も戻ってこなかったのに・・と思い、調べる方法をネットで探してはみたものの行動に移せずにいました。
昨年末に、年老いていく父が加齢による認知症と診断され、父が生きているうちにわかることがあれば調べてみようと思い、今年1月に鹿児島県の社会福祉課 恩給係に連絡をしてみました。
私の電話を受けた方はとても丁寧に説明をしてくださり、先ずは祖父の本籍地、祖父の両親、配偶者氏名、亡くなった日、などを伝えなければならず、その為には「原戸籍」が必要でした。
市役所の戸籍係で説明すると、昔に遡り現在残っている戸籍の全てを出力して下さいました。
初めてみる父、そのまた祖父母や曾祖父母などの名前が書かれている手書きの戸籍に一緒に来ていた両親は
「昔は親の戸籍も取れなかったから初めて見た」と感動していました。
そして何より祖父の欄には
「拾九年拾月弐拾七日ルソン島南イロコス州サンエステバンニ於テ戦死」
と書かれておりその前に書かれていた文字が消されていました。
私は戦死した場所がわかっただけでも良かったと、その時は思いましたがその戸籍の情報を県の恩給係に連絡しました。
情報を伝えても軍歴記録が残っている方、残っていない方があるらしく、調査にも1か月以上かかるとの事でした。
もしかしたら残っていないかもしれないなと思いましたが待つことにしました。
2か月ほど経った3月の終わりに恩給係から、「〇〇さんの軍歴記録がありました。書類を送りますので請求書と必要な書類を揃えて送って下さい」と連絡がありました。
正直本当にびっくりしました。
それから請求書と必要書類を送ると、それから2週間くらいで祖父の軍歴証明書が届きました。
軍で保管されていた本籍地名簿、調査表、履歴調査の写しなどがあり、県の方からの資料の見方についての説明文も一緒にありました。
その資料を見て一番驚いたのは、祖父が亡くなった日は
「昭和19年10月27日」ではなく「昭和20年8月16日」終戦の翌日でした。
なぜ戸籍が書き換えられたのか・・まだまだこれから解読していく必要がありますが、
「戦争で亡くなったおじいちゃん」「遺影でしか知らないおじいちゃん」が身近に感じることができました。
昨年、終戦80年を迎え祖父も亡くなって80年になります。 写真は近年のサンエステバンのきれいな海ですが、 祖父が見ていた景色はどんなだったのでしょうか・・
管理部 谷